2013年に出版され、10年以上経った今でも多くの人々に広まり続けている、大ベストセラー著書『嫌われる勇気』(岸見一郎と古賀史健共著/ダイアモンド社)
今回はこの『嫌われる勇気』の題材となった「アドラー心理学」について解説していきたいと思います。
本記事を読んでわかること
・アドラー心理学がなぜ現代で求められているのか
・アドラーの生い立ちや想い
・アドラー心理学を学ぶことでどんなメリットがあるのか
アドラー心理学が現代で求められる理由
皆さんは『嫌われる勇気』をもう読まれましたか?
私は数年前に初めて読みました。
2013年に出版されていたとは露知らず、あの頃から読んでいればよかったのにな〜って思えるほど、現代の日本人が抱える生きづらさのヒントが散りばめられています。
哲学よりな内容ですが、対話形式で進んでいくため、活字が苦手な人にも優しい構成となっています。
そのためか、国内合計356万部突破、世界合計900万部突破しています。
『嫌われる勇気』は、オーストリアの精神科医アルフレッド・アドラー(1870〜1937)の「アドラー心理学」、またの名を「個人心理学」を題材にしたものです。
主に他者分離やトラウマの否定などの衝撃的な内容が多く、すぐに読み解くには時間がかかります。しかし、一度本質を捉えることができれば、どんな困難な状態に陥っても、乗り越える力を身につけられます。
でも、本を読んだだけですぐ実践できるものかな・・・
大丈夫!そうしたお悩みは当ブログで解決できます^^
当ブログは、『アドラー心理学』(嫌われる勇気)をベースに、生きづらい現代社会を生き抜く思考法や独自で開発したワークを用意しています。それを繰り返しインプット&アウトプットしてもらうことで、次第に自己否定感や劣等感等に対してポジティブに切り替えられるようになります。
なので、大船に乗ったつもりで、当ブログを活用してくださいね!
それなら安心できるね!
アドラー心理学とは
さて、次にアドラー心理学がなにから構成されているのかお伝えしたいと思います。
アドラー心理学とは、主に5つの理論と4つの思想から成り立っています。
5つの理論とは、「認知論」「目的論」「全体論」「対人関係論」「自己決定性」です。
4つの思想とは、「劣等感」「課題の分離」「勇気づけ」「共同体感覚」です。
ですが、これらを今から解説します、というとなんか取っ付きにくさがありますよね^^;
なので本記事では、この解説は一旦横に置いといて、
まずは親しみやすさ優先で、アルフレッド・アドラーの生い立ち⇒アドラー心理学を学ぶメリットの順で進めていきます。
別記事で、アドラー心理学の5つの理論・4つの思想の解説は以下に置いておきますので、興味があれば読んでみてください。
アルフレッド・アドラーの生い立ち
まず、アルフレッド・アドラーは、誰かというと、ジークムント・フロイトやカール・グスタフ・ユングに並ぶ心理学三代巨頭の一人です。
今では『嫌われる勇気』で幅広くアドラー心理学が知れ渡りましたが、それまではフロイトの「夢分析」やユングの「タイプ論」の方が知名度が高かったと言われています。
アドラーは、1870年2月7日にウィーン郊外でユダヤ人の両親から、6人兄弟の次男として生まれました。
比較的裕福な家庭に生まれたアドラーですが、幼少期は過酷な日々を過ごしていました。
アドラーは「くる病」に罹っていました。
くる病とは、骨が柔らかく曲がったりしてしまう病のことで、平均以上の身長を望めず、また身体を思うように動かせられませんでした。
そのため、1つ上の健康な兄と自分を比較して劣等感を抱いていました。
また病弱体質だっため、アドラーが4歳の頃「肺炎」を患い、生死を彷徨っていた期間もあったといわれています。
そして、さらにショッキングなことがあります。
一緒に眠っていたはずの3つ下の弟が生後1年目にして亡くなっている姿に直面してしまい、アドラーは厳しい状態に見舞われました。
こうした困難な経験から、アドラーは次第に医者を目指すようになっていくのでした。
1895年、アドラーは25歳の時、ウィーン大学で医学博士の学位(眼科学専攻)を取得しました。
精神科医として有名なアドラーですが、最初は眼科医⇒内科医⇒精神科医の順にキャリアを変えていきました。
そして眼科医のち内科の診療所を、中下層階級の人が多く住むウィーン2区レオポルトシュタットに開業しました。
当時アドラーの患者は、診療所の近くにプラーター遊園地があったことから、遊園地で働く空中ブランコ乗りなどの軽業師や大道芸人など、自分の身体能力で生計を立てている者が多かったといわれています。
そして、その中には、幼い頃、身体が弱かったのにそれを努力により克服し、逆にその弱かった部分を強くしたり活かしたりしている者が少なからず存在しており、後にアドラー心理学のきっかけになります。
1900年、アドラーが30歳の時、同年出版されたジークムント・フロイトの『夢判断』を読んで、精神医学に興味を持つようになります。
当時『夢判断』は多くの医者から新聞で批判を受けていたフロイトですが、アドラーが擁護する投稿をしたことをきっかけに、2人の交流が始まります。
フロイトは自身が主催する『心理学水曜会(あとの、ウィーン精神分析協会)』の最初の5人のメンバーにアドラーを招待しました。そうしてアドラーは精神分析についての知見を深め始めたのです。
しかし1910年、アドラーとフロイトに対立が生じます。
フロイトが「リビドー(性的欲求)」が人間のパーソナリティの基礎であると考えたのに対し、アドラーが劣等感をリビドーに代わるものとして考えたため、2人の間に決裂が生じたのです。しばらくしてアドラーはウィーン精神分析協会を脱退、その後、1911年、仲間とともに自由精神分析協会(あとの、個人心理学会)を設立しました。
1916年、アドラーは46歳の時、第一次世界大戦の軍医として従軍することになります。
戦争によって、大勢の負傷者やトラウマに苦しむ人たちと接していくなかで
アドラーは平和や社会的な関心を強めていきます。
ですが、目をかけていたロシア革命の現実に失望し、政治による社会変革は難しいと考えるようになります。その一方で、社会を構成する人間そのものの意識を変えること、特に子どもに対しての教育に関心を持つようになります。
終戦後、ウィーン1区の労働者委員に就任して教育改革に従事し、その一環として1922年に児童相談所を設立します。
そして教育、医学、心理学、ソーシャル・ワークなどを含む学際的な探求を通じて、子どもたちの精神的健康のために革新的な考えを持つ心理学者として知られるようになっていったのです。
アドラーは亡くなる直前(~1937年,67歳没)まで、子どもたちの親や教師を含む多くの専門家でない聴衆に対して、精神医学や心理学の知識を伝えていきました。
アドラー心理学を学ぶメリット
・劣等感に対しての意識が変わる
アドラーの生涯が劣等感は悪いものではないと伝えています。
むしろ劣等感は理想を叶えるエネルギーに変換しようと勧めています。
劣等感への意識が変わることで、ありのままの自分を受け容れるようになります。
・対人関係の悩みが無くなる
アドラー心理学を学ぶことによって、自他の価値観の違いに気付くことができます。
そのため、無理に人に合わせなくてもいいんだ、と思うようになり、人に振り回されていた人生から解放されます。
・人生の目的が定まる
人の目を気にしていたばかりの自分が、自己理解を深めたことで、どのような人生が自分にとって幸せになるのか未来を考えられるようになります。
その結果、仕事や恋愛、家庭などあらゆる部分で前向きになれます。
・自分を変える勇気が出る
劣等感への意識が変わったこと、自己理解が深まったこと、人生の目的が定まったことで、自ずと「自分ならできる!」という自己効力感が高まります。
そのおかげで、自分を変えることに対しての抵抗感はなくなり、勇気をもって前進することができます。
そして、努力している人に人は応援したくなるので、支えてくれる人や上に押し上げてくれる人などが現れ、さらに成長する促進力が増します。
まとめ
今回はアドラー心理学に親しみやすさを持ってもらうために、
アドラーの生い立ちや想いに焦点をあてましたが、いかがだったでしょう。
さらにアドラー心理学に興味を持ったのではないでしょうか?^^
ちなみに私はアドラーの生い立ちや一貫した想いに感服してしまいました。
現在では多くの人々に『嫌われる勇気』を通してアドラー心理学が広まっていますが、
私は、特に毒親に育てられたアダルトチルドレンにこの役立つ思考法を活用してもらいたいと思います。
私自身が毒親に育てられたので。
なので、当ブログではアダルトチルドレン×アドラー心理学を中心に情報発信していくので、ぜひ毒親育ちの人は参考にしてみてくださいね!もちろん、そうでない人たちもですよ^^
では、今後ともよろしくお願いします!